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令和2年 八雲神社祇園祭 開催について

当社恒例の大祭・祇園祭(当番町・上新二区)は、令和2年の開催につきまして、八雲神社氏子総代会により下記の通り決議されましたことをお知らせいたします。 新型コロナウイルス感染拡大につき、八雲神社例祭祗園祭を縮小して行うことといたします。 〇方針  密閉、密集、密接を招...

2020年5月4日月曜日

八雲神社発祥の地 古天王山

 「ふるってんのうさん」と親しまれる場所があります。
 道の駅もてぎからバイパスを経由して市街地へ降りた突き当たり。
 八雲神社創始に次のような伝承があります。


昔、藤縄村に清平衛なる百姓がいた。川岸で肥桶を洗っていると、なにやら流れてきたものがあった。清平衛は肥柄杓でたぐり寄せてみると何とも神々しく感じられる。大切に拾い上げ川際の丘に大切にお祀りすると、不思議なことに、当時流行していた疫病がおさまり、農作物の害虫の被害も少なくその年は豊作に恵まれた。それ以来、この祠を大切にお守りしお祀りするようになった。これが茂木八雲神社の始まりとされている。
 



杉林と道路に面した鳥居が目印の八雲神社元津宮

  小さな鳥居と、小さなお宮のその場所です。

 茂木バイパスの立体交差からも見える杉の林が目印になるそのお宮は、建久三年(1193年)に百姓の清衛平が八雲神社の始まりとされる伝承の場所に平成11年に再建されました。



茂木バイパスの立体交差の左手に見える杉林が目印。
この先の道路は古天王山の切通しとして建設されました。
八雲神社のことを「おてんのさん」とお呼びになる氏子さんもいらっしゃいます。「おてんのさん」とは「御牛頭天王さん」の略称で、素盞嗚之尊さまの別称です。
 その天王さんが祀られたお山を天王山と云います。
 「ふるってんのうさん」は 素盞嗚尊さまの通称としての「古い天王さん」でもあり、山の名称として古地図にしるされる「古い天王山」でもあります。
 茂木バイパスは平成22年に全面開通しましたが、この古天王山を大規模に掘削して作られました。工事は地元の崇敬の念も篤い建設会社によって行われましたので、地鎮祭を齋行いたしました。
 茂木バイパスに直行する道路は南下すると、神井隧道へ至りますが、ここも30年くらい前に山が削られて隧道の脇に切通の道路が通されました。神井隧道は二宮尊徳の仕法により通され、米どころの神井村と茂木陣屋の往来が大変便利になりました。この隧道は今も残されて保存されています。

 ほんの30年ほど前までは、道の駅もてぎの南側の高台である「大内の台」から「古天王山」を経由して「小倉山」に至る大地は、市街地とは標高差100m位の高台として市街地の南側に連なっていました。

 さて、この古天王山は八雲神社創始の場所でしたが、記念碑や祠は何もありませんでした。
 「平成10年8月27日豪雨」の際に起きた土砂崩れを機会として整備することになり、有志の方により八雲神社本津宮としてお宮と境内地の建設されることになりました。平成11年の祇園祭に御霊が分祀され、現在に至ります。
八雲神社元津宮


 

平成11年から7月20日に「先ぶれ祭」が営まれるようになり、創建の伝承を今に伝えると共に、祇園祭の始まりの神事が行われるようになりました。
平成26年からは例祭日7月25日の本祭当日に、元津宮祭として祭祀が行われるようになりました。同年から、以前は午後7時から行っていた還御祭の開始時刻が午後6時から始まることになりました。還御祭は暗所で行われていましたので、御神輿が元津宮に立ち寄る時間に『元津宮奉告祭』を行い、創建の地から現在の鎮座地へ御祭神がお遷りになる時間を夜間祭祀とすることとし、祇園祭を進める上で更に重要な場所となりました。

先述の通り、随分地形が変わってしまいましたが、昔の様子をしのびながら参拝を頂ければ幸いです。
※建立時の「本津宮」は、現在、「元津宮」と記されています。



元津宮再建の祈念碑






「奉献
平成十年八月二十七日豪雨災害復旧工事
境内地整備並びに石段敷設
八雲神社旧本津宮社殿建立
平成十一年二月吉日
    奉献者 塚本美代次
        塚本 巴      」


宮司



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